ある晩、登山が趣味のユウジは、友人たちと一緒に山へキャンプに出かけました。
彼らが選んだのは、人里離れた奥深い山。
地元では「戻り山」と呼ばれ、昔から奇妙な噂が絶えない場所でした。
「一度入ると戻ってこれない」と言われていましたが、
ユウジたちはその噂をただの迷信と笑い飛ばしていました。
夕食を済ませた後、彼らは焚き火を囲みながら山の噂話に興じました。
その中で一番気味が悪かったのは、「山の主」と呼ばれる存在についての話でした。
山の主は、夜中に山を歩き回る者に取り憑き、決して解放しないと言われていました。
夜も更け、皆がテントに戻って眠りについた頃、ユウジはふと目が覚めました。
外から微かな音が聞こえてくる・・・?なんだろう?
最初は風の音かと思いましたが、よく耳を澄ませると、それは風とは違う”何か”でした。
低い囁き声のような、遠くから聞こえる足音のような、不気味な音でした。
興味本位からユウジはテントを出て、音のする方へと足を運びました。
友人たちはぐっすり眠っていたので、ユウジは一人で進むことに・・・。
音はますます鮮明になり、まるで何かが彼を導いているかのようでした。
やがてユウジは、古びた祠の前にたどり着きました。
祠は苔に覆われ、誰も訪れることのない荒れ果てた場所に立っていました。
しかし、その周りには無数の小さな足跡が残されており、ユウジはそれを見た時に、
何故か妙な不安を覚えました。
彼は引き返そうとしましたが、その瞬間、背後から冷たい風が吹きつけました。
振り返ると、そこには影のようなものが立っていました。
形はぼんやりとしていて、その顔は見えません。
ただ、じっとユウジを見つめるように感じられました。
恐怖で足が動かないユウジの耳元で、突然囁き声が聞こえました。
「戻れない…戻れない…」
その瞬間、ユウジの視界は真っ暗になり、意識を失いました。
翌朝、ユウジの友人たちは彼の姿が見当たらないことに気づき、必死に探し回りました。
しかし、ユウジはどこにも見つかりませんでした。
警察が出動し、捜索隊が組まれましたが、彼の痕跡は一切発見されませんでした。
それから数週間後、友人たちは再び山を訪れ、ユウジが最後に目撃された場所を探しました。
そこで彼らが見つけたのは、ユウジが持っていた懐中電灯と、そのそばに置かれた一枚の古びた木札でした。
木札には、赤い字で「山の主」と書かれていました。
その日以降、誰も「戻り山」には近づかなくなりました。
そして、ユウジの失踪もまた、山の恐ろしい伝説の一つとして語り継がれていくこととなりました。