みなさん、深夜のコンビニって、妙に落ち着くときと、逆に「ここから一歩も外に出たくない」と感じるときがありませんか。
今日は、とあるチェーン店で深夜バイトをしていた青年が体験した、“ヒトコワなのか、心霊なのか判断のつかない話”をお聞きいただきます。
都市伝説めいた噂から始まって、最後には「笑っていられない」ところまで行ってしまった出来事です。
第一章 深夜三時の常連客
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そのコンビニは、幹線道路沿いにぽつんと建っている店でした。
民家も少なく、店を挟んで片方は古い工場地帯、もう片方は暗い雑木林。
夜中を回ると、車のヘッドライトだけが時おり店内のガラスを白く照らすような場所だったそうです。
聞き手の青年・航平(仮名)は、大学生のころ、そこで夜勤をしていたと言います。
深夜二十二時から朝の五時まで。
最初のうちは眠気との戦いだったものの、慣れてくると「この時間帯に来るお客さん」のパターンが見えてきたそうです。
トラックの運転手、タクシーの運転手、近所の工場の夜勤帰り。
そして、毎晩三時ごろに現れる、ひとりの女。
髪は肩より少し長いくらいで、年齢は三十代か四十代か、そのくらいに見えたそうです。
無表情というほどではないものの、どこか焦点の合っていない目をしていて、いつも同じように店に入ってくる。
無言でカゴを取り、缶コーヒーを一本、レジ横の肉まんを一つ。
それだけを買い、会計が終わると、深く頭を下げて出て行く。
「ありがとうございましたー」
そう声をかけても、女は一言も発しない。
ただ、会釈だけは丁寧だったと言います。
そんな調子で、一か月ほど経ったある夜。
先輩バイトの男が、ふとこんなことを言ったそうです。
「航平さ、あの三時の女、目ぇ合わせないほうがいいよ」
第二章 見てはいけない顔
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「どういうことですか?」
航平がそう聞くと、先輩はレジ奥の事務所の椅子にふんぞり返りながら、鼻で笑ったそうです。
「ウチ、この辺じゃ“出る”って有名なんだよ。ネットのまとめにも載ってるくらいだしな。
『深夜三時に来る女の顔を真正面から見たら、数日以内に事故る』ってやつ」
航平は笑い飛ばそうとしました。
「都市伝説じゃないですか」
しかし先輩は首を振って、少し真面目な声になった。
「前にさ、いたんだよ。新人で、“あの人、いつも来ますよね。どんな顔してるのか気になるなー”って、レジでガン見してたやつが」
航平は息を飲みました。
「で、その二日後。自転車で通学中に車に突っ込まれて、今も入院してる。
……偶然っちゃ偶然だろうけど、それ以来、俺はあいつの目ぇ見ないようにしてる」
そう言って、先輩は「ほら」と指をさしました。
ちょうどそのとき、自動ドアが開き、いつもの女が入ってきたのです。
カランカラン。
ドアチャイムの音とともに、女は無言で店内へ入る。
カゴを取り、缶コーヒーと肉まん。
変わらない動作、変わらないルート。
ただ、その日だけ、ひとつ違うことがありました。
女がレジへ向かう途中、一瞬だけ――まるで“誰かを探すように”店内を見回したように見えたのです。
航平はぞくりとしました。
「……見られたらマズい気がする」
理由はわからないまま、そう直感したと言います。
彼は先輩の話を思い出し、会計の間、女の顔を直視しないようにしました。
視界の端に、無表情な横顔と、細い首筋だけがちらりと入る。
代金を告げ、受け取り、釣りを渡す。
いつもの動作をこなしながら、ただ、目は客の顎より上に上げないようにしていたそうです。
「ありがとうございました」
そう言うと、女はいつものように深く頭を下げて、コンビニを後にしました。
自動ドアが閉まる。
それだけのことなのに、航平はひどく汗をかいていた、と言います。
第三章 カメラに映っていたもの
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数日後。
そのコンビニでは、店長の指示で防犯カメラの録画データを確認することになりました。
近くの工場で自転車の盗難が続いていて、「怪しい人物がいないかどうかを見たい」という理由だったそうです。
深夜の時間帯の映像を、早送りで流す。
時折、一時停止しながら、不自然な動きの客がいないかをチェックしていく。
二時五十五分。
画面の右端に、あの女が映り込みました。
店の前の歩道を、ふらりと歩いてくる。
そして、自動ドアが開く。
女が入店する――その瞬間、店長が「あ」と声をあげました。
「これさ……」
映像の中で、女は確かに店内へ入ってきている。
ところが、防犯カメラのレンズが捉えているのは、女の“頭”から下だけなのです。
顔だけが、ノイズのようにざらざらとしたザッピングになっている。
テレビの砂嵐をそのまま貼り付けたような、不自然な白黒のブロック。
形は顔の位置にあるはずなのに、まったく輪郭が見えない。
「……え、これ、レンズの不具合とかじゃないですか」
震える声で航平が言うと、店長は首をひねりました。
「もしそうなら、他の人もそうなるはずなんだけどなあ。ほら、このトラックの運転手さんはちゃんと顔まで映ってるし……」
映像の中で、女はいつものように店内を進み、缶コーヒーを手に取り、レジへ向かう。
航平自身も、映像の中で接客している。
ただ女の“顔だけ”が、終始モザイク状のノイズに覆われている。
そして会計が終わる場面。
女は深く頭を下げ、コンビニを出ていく。
自動ドアが閉まる――その一瞬前。
女の“ノイズだらけの顔”が、レンズのほうをぐっと向いたように見えました。
砂嵐の中から、何かが覗き込んでくるように。
「……止めましょう、これ…!」
航平が思わずそう言うと、店長も顔をしかめて再生を止めました。
「まあ、機械の調子が悪かったってことでいいよな。気持ち悪いし、消しとくわ、このデータ」
結局、その日のカメラ確認は、それ以上深く追求されることなく終わりました。
その夜から、航平はレジに立つとき、必ずと言っていいほど「三時の女」を意識するようになったと言います。
第四章 目が合った夜
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問題の夜が来たのは、それから一週間ほど後のことでした。
日にちも曜日も、はっきり覚えているわけではないそうですが、ただ「雨が降っていた」ことだけは鮮明だったと、航平は話していました。
深夜二時五十五分。
外は土砂降り。
ガラスに打ち付ける雨音しか聞こえない店内で、航平は棚の前出し作業をしていました。
カランカラン。
不意に、ドアチャイムが鳴った音がした気がして、顔を上げます。
しかし、自動ドアは閉じたまま。
誰も入ってきてはいない。
「空耳か……」
そう呟き、再び作業に戻ろうとしたそのときです。
ふいに背後から「すみません」と声がしました。
ドキッとして振り返ると、そこには、例の女が立っていました。
ずぶ濡れのはずなのに、なぜか服にはほとんど雨の跡がない。
ただ、肩から先の輪郭が、少しだけぼやけて見えたと言います。
「…い、いらっしゃいませ」
条件反射でそう言いながら、航平は必死に先輩の忠告を思い出そうとしました。
――顔を正面から見るな。
――目を合わせるな。
ところが、その夜の女は、いつものルートを取らなかったのです。
缶コーヒーの棚へ行く前に、航平のほうへすっと近づいてきた。
「……あの」
女は、初めて航平に話しかけてきました。
これまで一度も声を出したことのない客が、突然。
「はい……」
航平は目線を胸元あたりに固定し、顔を見ないようにして返事をします。
女の声は、思ったよりも低く、乾いていました。
「ずっと……見てましたよね」
その言葉に、航平は全身の血が引く感覚を覚えました。
「え、いえ……」
否定しようとした瞬間、女の顔が、ぐっと近づいてきた。
視線を逸らしたままでは避けきれず、反射的に顔を上げてしまう。
そこで、目が合ってしまったのです。
女の顔は――何も、ありませんでした。
目も、鼻も、口も。
皮膚のようなものが貼り付いているだけの、のっぺりとした“前面”。
ただ、その「無」の中心あたりが、ぐにゃりと動き、何かが笑ったように見えた、と航平は言いました。
「やっと……見てくれた」
声は、女の顔とは別の場所から聞こえているようでした。
耳のすぐ後ろから、頭の中から、複数の方向から重なっているような、不快な響き。
「うわああああああ!!!」
航平は叫び声を上げて、女を突き飛ばしました。
女の身体は、まるで重さを感じさせずに、ふっと後ろへ下がる。
気がつけば、女の姿は消えていました。
そこには、誰もいない通路と、雨音だけが残されていたそうです。
しばらくして、バックヤードから店長が飛び出してきました。
「どうした、お前、悲鳴上げて――って、おい、大丈夫か?」
航平はその場にへたり込み、震えながら「今の女の人、見ましたか」と尋ねました。
しかし、店長は首をかしげるばかり。
「誰も来てないぞ。さっきから裏で発注してたけど、ドアの音もしなかったし……」
防犯カメラの映像も確認しましたが、その時間帯には「誰も」映っていなかったそうです。
ただひとり、倉庫から通路へ出ていき、そこで突然しゃがみ込む航平の姿だけが、はっきりと記録されていました。
それから数日後。
航平は交差点で車に撥ねられました。
信号無視でもなく、運転手の居眠りでもない、ごく普通の右折車との軽い接触事故。
幸い命に別状はなく、打撲と骨折だけで済んだのですが……
「事故る」という噂を思い出したのは、病院のベッドの上だった、と彼は苦笑していました。
まとめ
深夜三時に現れる、缶コーヒーと肉まんだけを買う女。
防犯カメラには顔だけがノイズになって映り、真正面から顔を見た者は、数日以内に事故を起こす――そんな都市伝説めいた話は、ネット上にもいくつか似た噂が転がっています。
航平が見た“顔のない女”が本当にその噂と同じ存在だったのか、ただの幻覚やストレスの産物だったのか……
それは、僕にもわかりません。
ただ、彼が事故にあった日を境に、そのコンビニで「三時の女」を見たという話はぱったり途絶えたそうです。
代わりに、新しく入ったアルバイトが、こんなことを口にしたと聞きました。
「なんかさ、深夜三時になると、外のガラスに“人影”が映るときがあるんですよね。
中には誰もいないのに、外側からじっとレジのほう見てるみたいな……」
みなさんも、もし深夜のコンビニで働くことがあったら、三時ぴったりの時間帯だけは、あまりガラスに映る“自分以外の影”を確認しないほうがいいかもしれません。
そこに映っているのが、本当に「自分ひとり」だと、誰が言い切れるでしょうか。
